胸の内

あとは立春を待つばかり。



ようやく、と言うべきか
もう、と言うべきか
本日は二十四節気の大寒なり。






実家の庭の金柑も
そろそろ収穫の時期を迎えている。


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昔は祖母が
今は母が
この金柑で甘露煮を作る。
ちなみに私は金柑が苦手である。




金柑の花言葉は『思い出』だ。
確かに金柑には
幼少の頃の思い出がたくさんある。
金柑の味のように
甘さよりも苦味が強い思い出だ。





庭は金柑だけでなく


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梅の蕾もだいぶ膨らんでいた。
ユキヤナギも蕾をたくさんつけていた。




私は二十四節気という
この季節の捉え方が大好きだ。
季節は四つじゃない、二十四もあるのだ。
十四日を区切りに移り変わる。




だから、
この大寒をやり過ごせば
あと立春を待つばかり。







迎春2018。



明けてました2018年。
おめでとう。ありがとう。




元日は例年通り、
母とツレと三人で過ごした。




12月21日の母の誕生日に贈った花は























今年も正月まで咲いていた。





三人で過ごす元日もかれこれ三回目、
いや、四回目くらいになる。
母が毎年用意する個々の干支の祝い箸は
去年からはツレの分も加わって





















今年もちゃんと用意されていた。
ツレはイノシシ。





私は





















ヘビ。




祝い箸はもちろん
皿も箸置きも
ランチョンマットもコースターも
正月のために新調する母。
今年は雑煮の椀も






















新調したというので撮ってみた。
皿もグラスも箸置きも
何でも五つセットで買う母は
また雑煮椀も五つ買った。



この家で五人で雑煮を食べる日なんて
来るのだろうかと考える。
考えるけど、言えない。




去年という一年の間には




良い事もあって
良いとは思えない事もあって
年月が経っていくという事は
成長していくと同時に
老いていくという事でもあって




あらゆる変化に対して
抗う事なんて出来なくて
でも全てを受け入れると
言えるだけの度量もなくて
ただ毎日を、
毎日を生きていくしかないのだなと
思う今日。




春になったら私は41になって
そろそろツレとも18年目。
46歳になったら
ツレとは23年目になって
人生の半分、
ツレと一緒にいる事になるのだ。





そう考えると




もう既に、ずっとずっと
一緒にいる気がするのに
まだ半分にも達していなかったなんて
人生とは
如何に長いものであることか。















西瓜と林檎のような花束を。



今日は母の誕生日だ。




母の誕生日には
毎年、花束を贈っている。
品物ではなく必ず花束。
ブログにも毎年書いている気がする。



この習慣、
一体いつからやっているのか
ちょっと思い返してみたら
多分、17歳くらいからやっている。
自分的にはいろいろあった時代で
母を泣かせていた記憶しかないのに
一応やる事もやっていたのだと思うと
我ながら
自分の矛盾と滑稽さが可笑しい。





この花束には
母の好きなカサブランカを必ず入れる。
そしてここ15年くらいは
配送だったり手渡しだったりしつつも
毎年同じ花屋で買っている。
この花屋は蕾の沢山ある枝花で
花束を作ってくれるので
12月21日の誕生日に贈った花束が
お正月に満開になるのだ。
母も毎年楽しみにしてくれている。




で、先程
母が花瓶に活けたばかりの花を
撮ってみた。























これで六分咲きくらい。
まだ蕾しかないので見えないけど
後ろには山茶花もあって
手前の白い花は…
葉っぱからしても、もしかして紫陽花?
紫陽花と山茶花が一緒に咲くなんて
西瓜と林檎を一緒に食べるみたいだな。




貰った物を撮るならともかく
贈った物をブログに上げる素敵な私 ←




私はこのように今日、花を贈って





昨夜はツレが奢りで
母を誕生日ディナーに招待してくれた。
先週に引き続き、
三人で飲みに行ったのだ。




先週、母とツレは
今度のクリスマスの25日に
一緒にケーキを食べる約束をしていたけど
昨夜の母とツレは
クリスマスイブにも二人だけで
シャンパンを飲む約束をしていた。
二夜連続、
私不在で一緒に過ごすらしい。




恋人同士か!





母の誕生日の話を
私は毎年、何らかの形で
ずっと綴ってきたと思うけど




多分、今年が
私にとっては最良だ。




願わくば
母にとっても最良だったらいいと
都合良く思ってしまうのは





多分、欲張り過ぎだろう。











成るように成っていく(仮)



昨夜は、母とツレと私の三人で
忘年会という名の外食をした。




前から気になっていた台湾料理屋さんで。




















…いろいろ酷い画像。




ツレと私の東京生活もそろそろ丸三年。
冬には忘年会、夏は暑気払いという名で
三人で外食もすっかり習慣になった。




去年の今頃にも
こんな記事を書いていた。


おヒマなら見てよね ← 古





店を出た後、三人でコンビニに寄り
ケーキをいくつか買って
私とツレの部屋に母を招き
買ったコンビニケーキを食べながら
ツレが淹れたコーヒーを三人で飲んだ。




仲良しか!



その会話の中で
母にクリスマスの予定を聞かれた。



24日、25日の我らは
私     → 両日共に残業確定。帰りは遅い
ツレ →  両日共に早番。残業は多分無し



つまり、私は空いてないけど
ツレは夜は空いている。
と母に教えたら、



母はツレに
二人でクリスマスケーキを食べようと
誘っていた ← !
夜、ケーキ買って来るわね、と
嬉しそうに言って。



私不在にも関わらず
二人でクリスマスを過ごすらしい。




仲良しか!




元日も三人で過ごす予定。




くどいようだけど
我らはカミングアウトはしていない。




私もツレも
一生一緒にいるという事以外、
将来に関するビジョンがほとんど無い。
親の事、仕事の事、お金の事、
終の住処の事。
流れるように流されて
成るように成った今を生きている。
…と言えば格好良いけれど
ようするに無計画で無責任。
あまり褒められた様では無い。




性にいろんなカタチがあるというのなら
母子の関係性も
カップルの在り方も
いろんなカタチがあってもいいじゃない。





…とか開き直ってみたり
どうでもよかったり、らじばんだり ←古










その言葉を君に。



昨日は久々に代々木公園に行った。
一人と二匹で。






















11月の公園は落ち葉がいっぱい。
犬達がその小さな足で、落ち葉の上を
カサカサと歩く音が好きだ。






お天気も良かった。





















日曜日の公園は人もいっぱい。




友達同士、昼間の野外で
バーベキューとかフリスビーとか
バドミントンとか
あるいは、ホームパーティーで
たこ焼きやら餃子やらを皆で焼くとか
私はそういうの一度もした事がないし
多分、今後もしないだろう。
悲しいとか寂しいとかはないけれど
そういう事が出来ない自分を
どこかでいつも恥じている気がする。




ツレがいて良かった。
私の人生はとにかくそれに尽きる。
こうしてツレがいない時間さえ
そんな事を思う自分が可笑しい。




日向の広場は人が多くて歩き辛く
いろんな意味で
自分には不釣り合いな気がして
人気のない道に入った。




ブルーシートのお家が立ち並ぶエリアで
人通りも殆どなく
一年中、昼間でも日陰の場所。







そうしたら
今年はじめて山茶花を見つけた。
もうそんな時期なんだなと改めて思った。




ツレよ、知っているか。
ピンクの山茶花の花言葉は
『永遠の愛』なんだせ。
この画像を君に捧げよう。






そんな昨日の私の記録はこちら。




















犬の散歩以外に出歩いたのは
ヨガスタジオとスーパーと実家で
これだけにしかならなかった。




一万は遠い。







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