昨日は所用があり
朝から渋谷駅に出向いた。
リクルートスーツ的なやつを着て。
(転職するとかではない)






昨日の渋谷駅の前はこんなだった。






















レインボー。
そう、昨日と今日は
代々木公園でアレがあるのだった。




ここに写っている人達は
多分、レインボー関係ない人だろう。
単なる待ち合わせとかなんだろう。




この数日、
GAPの袋もレインボーだけど
意味をわかってない人の方が
多いのではないか。
まあ、それで良いのではないか
…と思う私は間違っているのか。




近年、急に
えるびーじーてぃー
えるびーじーてぃー
と、騒がれていて
賛同企業も増えてきて
ある意味、追い風なのだろうけど
そこにはいろんな思惑やら
お金やらも絡むであろうわけで
私は正直、なんだか居心地が悪い。




当事者がこんな事言っててどうするんだ
って感じだけど
まあそもそも
『当事者』って言葉もどうなのか?
と思う。




以前、何かで読んだ書き込みに




『当事者』が『自由』とか『平等』を
主張する『権利』があるのなら、
『普通の人』がそれらを
『気持ち悪いと思う権利』も
認めるべきだ。



…みたいな文章を読んで
私はどちらかと言えば
それこそ確かにそうなのだ、
と思わずにいられなかった。



理屈や感情や正義の有無の話でなく
『生理的に受け入れられない』
って、やはり絶対にあるのだ。
例え方はどうかと思うけど
虫が嫌いとか爬虫類が苦手とか
そういう感覚に近いのではないか。



爬虫類だって可愛いよ、
虫だって生きてるんだよ、
と言われたって
気持ち悪くしか思えない人に
それ以上の感情や視点を
抱いてもらう事は難儀だろう。
そもそも、その必要はあるのか
それすら疑問に思う。



これを読んで
虫や爬虫類に例えるなんて
酷いとか失礼と思う人がいるのなら
それこそ
虫や爬虫類に対する
『差別』と『偏見』だ。



などと考える私は
一体、何の味方なのか。
一体、何の『当事者』なのか。




どちらでもない。
どちらの事もわかるけど
同時にどちらの事もわからない。
だからどちらにも行けない。
パレードなんか歩けない。





レインボーな駅から電車を乗り継ぎ
次の目的地に移動した。





乗り換え駅のホームで電車を待つ。





















モノトーンのスーツ。
黒いカバン、黒い靴。




虹色なはずの私は白黒。




昨日はとても暑くて
久々に着たスーツは
サイズの合わない鎧のようで
着心地が悪かった。